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Vol.167
ずっと我慢して来た私
加賀圭香さん
私は“自分が我慢して、丸く収まるんやったら、収めていきたい。それが正しい”。“自分一人が泣いて、笑う人が増えるんやったらそれでいいと思ってきました。でも、それが間違いやったんや”って、最近、気づいたんです。

 そういうふうに気づいたのは、子どもが段々大きくなってきた時に、「ママは“自分が我慢して、みんなが笑ったらいい”と思って生きてきた」と言ったら、真ん中の子は「その気持ちわかるよ」って。「それで、私らが笑ってこれたんやから、“ありがたい”と思ってるよ」と言ってくれて……。ヨシヨシじゃないけど、慰められるような感じだったんです。
 だけど、長女は「ママ! その生き方って、間違ってるよ!」って。「ママが我慢してるなんて、誰もわかってくれへんで。それやったら、自分がないやん」と言われた時に、“私の生き方、間違ってたんやわ”って。
 「『私は、これでこうやって、不愉快に思ってます。それで怒ってます』というのを相手に伝えへんかったら、ママのやってることはいじめられっ子と一緒やで」。「イヤなことをされて、笑ってたら、相手も余計にいじめてくるんやで」と言われて、“自分もイヤなことは「イヤ」って言うたらいいし、理不尽なことをされた時には、笑わんでいいんや”。“喜怒哀楽をはっきりだしていいんや”と思ってから、ちょっと、自分がラクになってきました。
 私はそれまで、いろんな病気を抱えていて、「治れへん」と言われていた病気もあったんですが、それも一つずつ、少しずつ良くなってきて、“自分で自分を病気にしていた部分が往々にあったんやなぁ”と気づいたんです。

 ほんで、私は我慢して、我慢して、我慢して、我慢しているから、爆発する時はガーって、一気に爆発してしまっていたんです。それも「そんなんして、急に怒ったら、みんながびっくりするよ」と言われて、“そうなんやなぁ”って。
“イヤなことを、すごく怒って「イヤ」と言わんでも、「それはおかしいでしょ」と言うことはすごく大事なんやなぁ”って。それも言えへんかったから、まわりの人たちが段々エスカレートしていたことも往々にしてあったんやなぁって。すごい反省して……。今はすごいラクに、“イヤなこと”は「イヤや」って。
 “10イヤ”になってから「イヤや」と言うんじゃなくって、“6イヤ”や“7イヤ”ぐらいの時に「イヤやよ」と言えるから、そんなに怒らんでもいいんやと気づいたんです。

 それと、長女の姿を見とって、“この子の生き方って、なんか、いいなぁ”って。
 長女はうちに来て、旦那さんのことを「ママ、うちの旦那さん、こんなにいいことしてくれるし、こんなふうにやってくれるんやでぇ」って。「子どもを病院に連れて行ってくれるねん。こんなんもしてくれるねん」というのを聞いて、旦那さんのことを“すごい、ありがたいなぁ”と思うし、親である私の前で旦那さんを褒められる娘も“すごいなぁ”って。また、そうやってニコニコしながら言えることも“すごいなぁ”って。
 私自身は“そういうことができたかなぁ?”と思ったら、“ずっと、我慢していたもんやから、そんなことを言うこともなかったなぁ”って。でも、これから! ちょっとずつ、人のことを褒められる自分になっていけたらなぁって思っています!