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Vol.165
スキップしそうな感じで
伊藤和子さん
 仏教セミナー(在家仏教こころの研究所主催)でも聞いたんですけど、本当に人間って、“自分自身が一番、わからない”って。他の人も、もちろん、わからないですけど……。
 あのう、私の母は96歳で施設に入っていて、今、病院に入院しているんです。だけど、今、コロナ禍だから会えないと思って、洗濯物は取りに行くんですけど、“会わせて下さい”とは言わなかったんですね。
 そしたら、娘は祖母ちゃんのところに寄って、「会わせて下さい」って言ったら、「10分なら」って言われて、「会って来たよ」って。その娘の話を聞いて、なんか、すごく責められているような気がしたんです。ずーっと、祖母ちゃんを看てきて、頑張っているんだけど、なんか、途中で投げ出したような気がしていたんです。

 でも、なんで祖母ちゃんに会いたいって思わないのかなぁ? キライなんかなぁ!? と……。自分はそういう勇気がでない。「面会させて下さい」って言う勇気が出ないのかなぁ? と思ったんですけど、それから、この間、行ったんです。
 そして、祖母ちゃんに会わせてもらって、祖母ちゃんはちょっと認知症も入っているんですけど、「祖母ちゃん」って言うて、「わかる?」って言うたら、「わかるよ。わかる!」って、涙を流して手を握ってくれたんです。それで、私も涙が出たんですけどね。それから、なんかモヤモヤとしていたのが、帰りはスキップしたくなって、“自分も楽しんで良いんだ”って思えたんです。

 だから、“ねばならない”じゃなくて、自分の思いっていうのは、どっから湧いてくるのかわからない。で、その“なんで祖母ちゃんに会いたいって、思わないのかなぁ?”っていう思いは、自分が捨てたような気持ちとか、病院に迷惑をかけてるんじゃないかとか、みんなに迷惑をかけているんじゃないかとか、たぶん、いろんな思いがあったんです。だけど、祖母ちゃんと握手しただけで、スキップしたくなったんです。
 だから、いろんな意味で、本当に行動してみなくっちゃ、会ってみなくっちゃ、なにも進まないというか、自分自身が拓けないっていうことが理屈じゃないとすごくわかりまして、嬉しかったです。