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Vol.156
母と子、そして…
名幸有香さん
<名幸有香>
今日は10年間、イヤ、小学3年生からだから、20年間、私をみてくださった相澤さんと一緒に来ています。相澤さんは七面山に登った3日後に倒れてしまって、倒れてから10年、「こころ館」に来られていませんでした。それで今日、意を決して、一緒に、息子さんの車で来させてもらいました。
相澤さんとたくさん話しあって、私が不甲斐ないばかりに喧嘩して、「もうアンタのこと知らない」って言われたことも100回ぐらいあります。だけど、それぐらい、私を甘やかさなかったっていうことがすごいんです。「大丈夫!」っていう言葉と、「社会に出て強く生きて行け!」って。社会の中で潰されんなよって、ちゃんと自分の意思をもって、他人に騙されんなよ!っていうのもあったし……。だけど、「その人のことを理解しながら、お話しするんだよ。その人のこころを受け止めんだよ」。「どんな人もかけがえのない“いのち”だから」って教えてくれたのは、やっぱり、相澤さんです。
私はお母さんからまったく認めてもらえなくて、「うるさい」とか、「汚い」とか……。お母さんは「覚えてない」って言うけれども、やっぱり、その時のお母さんには受け止めるチカラがなかった。じゃあ、私は受け止める人間になろうと思って、友達のわがままも全部、ききました。
でも、そうなれば、吐き出すところがなきゃいけなくなっちゃう。で、吐き出すところが相澤さんでした。全部、投げつけて、剣で刺すっていうか、「私もズタボロになったから、受け止めてくれよ!」って。相澤さんにたくさん“こころ”をぶつけてきましたけれども、それを続けてもやっぱり、認めてくれた。「あなたはあなたのままでいい。優しいからこそ苦しいんだ」って言ってくれました。
相澤さんはずっと、「歩けない」って言われていたのを、毎日、お寺まで歩いて行って、亡くなった旦那さんのお墓参りをしています。どんな風の日も、どんな嵐の日も行くんです。絶対。自分が決めたことを絶対、やるんですよ。それ見た時に“あっ、大っきいことじゃないな”って。自分が決めたことをしっかりやるっていうのは、他人から見たら小さいことかも知れないけど、自分が守りたいものをやるっていうことが、自分を愛することなのかなって。今、その生き様を見せてもらって、すごく感謝しています。

<相澤幸子>
有香さんと、本当の付き合いをしだしたのは10年です。10年の間、この人のこころの暴れようは、「死ぬ」と言うとこから始まっていたんです。「相澤さん、私、死ぬよ!」っていうとこから始まるんですね。それを、どうしようかと思いました。でも、これは名幸有香さんを信じ、自分を信じなければ、ダメなんだって思った時に決心しました。この子とやってみよう! って。「分かった。そんだけ、アンタはつらいんだね」って。その当時は、自分も疑い、相手も疑っていました。
ところが一昨年あたりから、突然、自分の行動、こころの有り様を素直に言ってくるようになって、前と変わってきたんですね。そして、「死ぬ」っていうことも言わなくなりました。そうして、この10年間の流れの中で、大きな感謝は、有香さんのお母さんである名幸すが子さんが私のそばから離れなかったことです。すが子さんがいたから、今の有香さんと私とお母さんとの関係があるのであって、在家仏教こころの会を続けてくださった、名幸すが子さんに私は「ありがとう」と毎日、思っています。

<名幸すが子>
名幸有香の母なんですけども、自分がわからなくって、親に自分のこころを話してきたことがなかったんです。ですから、子供のまんまで結婚して、自己中心的な考えで物事を運んでしまったものですから、主人、娘、息子をやっぱり、針(=言葉)で刺してしまった。“言葉で相手を刺すということは、相手の思いを抑えてしまうんだ”ということを初めて知りました。それは、娘が私に本気でぶつかってきたからです。
そこから、私は本当に考えて、苦しんで、自分自身だと、はっきり、自分が見えたんです。私は他人を認めることができませんでした。主人が会社の話をすると、「自分も悪いところがあるんじゃないの?」って、否定の言葉から始まりました。だから、主人も「お前は聞いてくれないな」って、いつもそうだったんです。だけども、最近は「そうなんだ」って、私が聞くようになりました。「つらいね」って、「お父さんは、なんて言うの?」、「やっぱり、人に認めてもらいたいんだよね」、「そうだなぁ」って。
そういう話ができるようになって、「お母さん!オレ、仕事、頑張れる!」、「行って来るね!」って言われた時に嬉しかったです。今、こういう関係に主人となれるということが、私には想像できませんでした。だから、娘に感謝します。娘を支えてくれた相澤さんに、私は感謝いたします。本当にありがとうございました。