“ちょっと、私は自立したかな”って、今、思っているんです。それでまた、ここで話すことで、“もう一歩、自立できるかな”と思って、ちょっと、勇気をもって話します。
3月ぐらいから、身体の調子がいきなり悪くなりまして、病院に行って、身体の中が大変な状態だってことになって、検査をしました。
それで、今までそんな大きな病気とか、なかったんですけど、その時に“もしかしたら、かなり大きな病気かもしれない”ということで、主人とも話して、その時に今までの自分というものをふり返った時に……、言いたいことも言えなかった。
特に、“主人に”です。遠慮しながら、行動していました。こういうつどいがあるとか、いろんな催しがあるのでも、全部、ほとんど、キャンセルするような状態で暮らしてきました。結婚して36年ぐらいになるんですけど、結局、今まで自分は“認めてもらえていない”っていう気持ちが強かったんですね。
で、こないだの病気の時に、フッと、“もう、あと何年、生きるか、わからない”と。その時に、“私、このままで、死んじゃいたくない”と思ったんです。
自分で、本当に自分のやりたいこと、本当に行きたいところ、そういうのを一番、ふさいじゃっているのが主人だと思っていたから、そこを私は主人に訴えたんです。
「残された人生を、それこそ、自分の楽しみのためにも使わせてほしい」っていう話をした時に、主人はもう、目をまんまるにして、何も言わなくなって、その時に、私は自分のこころが変わったんですね。
主人が変わったんじゃなくて、私のこころが変わったんです。
“主人に言えた”、“言えて、私は行かせてもらう”と、そう思った時に、主人はもう言わなくなったんです。
名古屋に来ることも、三島のつどいがある時も、「ああ、わかった」、「今日、あるよね」、「うん、いいよ」とか、言ってくれるようになったんですよ。
それっていうのは、私が今まで“ダメだろう”、“ダメだろう”って、自分の中で決めつけていたもので、病気のことがきっかけだったんですけど、それがあって、私は今、こうやって、ここ(名古屋)に来ることができました。
それで、新幹線で熱海から名古屋に着くまでの間、ご一緒してくださった方と話している中で、また、いろんなことに気づかせてもらいました。
私は自分で在家仏教こころの会をやっていて、親に勧めたり、子どもにも勧めたり、友達にも勧めたりして、自分は“すごい、間違っていない”っていう気持ちでいました。
だから、多分、主人は“こころの会のことはわからないけど、ただ、先祖供養はいいことだ”という頭で……、だけど、私のやり方を見ていて、主人はずっと、イヤだったかもしれない。私は“正しい”と思っているから、話をすることも、主人に対して、やっぱり、強い口調で話していたんだと思います。
電車で来る時に、そういうことをお話ししてもらった時に、何か、すっごい、ハッと、気がついたんです。
3月に具合が悪くなって、病院に行って、主人のあったかさもわかった。
それで自分で決断して、出かけようと思った。
そして、自分から来ようと思った。この名古屋で、一緒に来た方といろんなことを「えっ!」、「えっ!」って、気づかせてもらった。
これが、私の自立です。だから、本当に嬉しい! 嬉しいです!
で、今日は「伊東駅まで送って行くね」と言ってくれた主人にも感謝しますし、帰ったら、やっぱり、「ありがとう」と言える、本当に、こころから「ありがとう」って言える自分になって、帰りたいなと思っています。