5月に、今まで行っていた美容師の担当が男の人だったんですけども、女の人に替わって……。女の人っていっても、33歳の人ですけど、最初、見た時にフツーだったら、「よろしくお願いします」って言うことなんですけど、急に「パーマかけた?」と。
「いや、これ、天然なんです」って言ったら、「天然」って。もう一回、言ったら、「2回も言わなくてもいいよ!」って。すっごい、つっけんどんな言い方で、“えー! この人?”と思ったんですけど、“まあ、しようがないか”っていう感じで、やってもらったんです。
それでちょっと、あんまり、アクセントが強いんで、「どこの出身?」って聞いたら、「北海道は札幌」っていう言い方だったんです。「ああ、そう。札幌は良いところね」って言ったら、そしたら、そこから“自分の話”が始まったんです。
「15歳の時に、親に『高校に行かないんだったら、出て行け』と言われて、家を出た」と。「それでお決まりのコースで、悪い仲間に入って遊んでいた時に、たまたま、めぐり会った人が『いったい、君は何がやりたいんだ?』って言われた」と言って……。
「『美容師になりたいんだ』って言ったらば、『それならば、美容師の資格を取るのに、学校の授業料は出してやる』」と。
「『あとの生活面は全部、自分で賄え』と言われて、生活その他を一切、自分で賄いながら」……。15歳ですよね! 「一生懸命、働いて、一生懸命、勉強して、スタイリストの資格を取って、その後、埼玉に来て、4年経つ」というところで、私とめぐり会ったんですね。
それで、すごーく、母親との葛藤で、「15年も母親と連絡を取ってない」ということで、その間の“悔しさ”とか、母親に対する“わかってもらえない、理解してもらえない、つらさ”とか、いろんなことを一気にしゃべりまくったんですよ。その彼女が。
私はただ、聞いているだけで、「ふうん、ふうん」、「でも、よく頑張ったね。スタイリスト、取ったね。よく頑張ったよね!」って言ったら、「でも、やるっきゃなくて、やってきた」って。
それで、「人に甘えることもできすに、やってきた」って。どうしても、母親とはうまくいかないんだけども、やっぱり、こころは“母と仲良くしたい”っていう思いなんですね。それがすごく、よくわかるんです。
ホントは親に甘えたいんだけども、甘えることもできずに、自分で突っ張って、やり通してきている……。そういう姿を見て、その人の話を聞きながら、私はずっと、自分のことを考えていました。
実は、自分の娘もそうなんですね。
甘えることができない。そして、自分のこころの中のものも言えない。それを、親はわかってあげることもできない。
娘が37、8歳になって、離婚して帰ってきました。その時もまだ、わかんなかった。「なんで、離婚する?」、「好きで行ったのに、なんで、離婚するの?」っていうことしか、責めることしかできなかった。
娘はそういう私の気持ちを知っていますから、私に、本心を言わないんですね。自分の中に閉じこもっていた。だから、話しあうっていうことも、できなかったんです。
そして、彼女の話を聞きながら、“ああ、娘もこうだったんだ。私はこういうふうな思いをさせてきたんだ”って。そういうふうに感じて、思わず、「あなただけじゃないよ。私もあなたのお母さんみたいなこと、私はやってきちゃったんだよ」って。「今になって思うと、本当に、かわいそうなことをしたと思う」って話したんですね。
そうしているうちに、娘のところに、ある用事で行ったんです。
そしたらば、ちょっと、洗濯物を取り入れて、畳みながら話していたら、娘が初めて、自分のこころを開くようにして、話をしてくれたんです。
それを私が「そう。そうだったんだ」、「そうなんだねぇ」って、受け入れることができたんですね。その時に“こういう、しあわせって、私にあるんだ”って、思ったんですね。“ああ、こんな、しあわせってあるんだな”って。
その33歳の人と話しあう中で、その人は自分の話をしていただけですけども、それを聞いて、私は自分のことを考え、娘のことを考え、自分の娘と仲良くなれたっていうことが、すっごく嬉しかったんですね。
で、また、そこに、カットしに行ってきたんです。
そしたら、その続きの話をしてくれて、話しているうちに、だんだん、だんだん、すごーく、可愛らしい顔になって、“こんなに可愛い顔をするんだ、この人も”って思って、それで「可愛いねぇ。すごい可愛い顔してるねぇ」って。
私が「嬉しいよ、私」って言ったら、「武田さんが何気ないことで、私の話を聞いてくれて、なんか、自分のこころがずいぶん、スッキリになったような気がして、甘えていいんだって気持ちになったんだ」って。
そういうふうに言ってくれて、なんか、すっごく嬉しくなって、“ああ、よかったなぁ”っていう気持ちで、帰ってきました。