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こころの栄養
井吉ヤス子
 もう、くったくたに疲れていたからね、“新下関”に止まるレールスターって“新大阪”から一本あるんですよね。それに乗ったから、“さあ、寝て帰ろう”と思って、お弁当を買って、座ったところに、四人家族が乗って来たんですよ。
 私の隣にちいちゃな女の子、そして、その前に、もう、誰が見ても認知症のお祖母ちゃんですよね。子どもの後ろにお母さんがいて、その通路を挟んで、お兄ちゃん。
 お兄ちゃんっていうのが、中学生ぐらいのお兄ちゃんですけど、隣に座っていた女の子が“何歳ごろかなぁ?”と思ったけど、もう、こんなして、小さくなって、座っているからね。「おねえちゃん、どこまで帰るの?」とか言ったら、黙―って、話もなにもしないのね。
 そやから、「おばちゃんね、今からお弁当、食べるけどいい?」って。
 そして、お稲荷さんと巻き寿司のちいちゃなお弁当だったから、「おねえちゃんいる?」って言うたら、「いらない」って言うんで、もう、なんか、緊張しているのね。
 そやから、私、ゆで卵を持っていたので、「あっ、これ、食べる?」って、一つあげたらね、「ありがとう」って言って、初めて声を発して言ったのが「ありがとう」で、「あっ、そう、一緒に食べようね」って。
 それからね、もう、ホント、堰を切ったように、その子が話しだしたんです。

 どんどん、どんどん、家のことを話し出したの。
 汽車の中やから、あんまり、大きい声は出さないんだけどね、「せっせっせ、夏も近づく~♪ それやろう」って言うの。そして、手を取って、いっつも、こうして寄ってね、手を握ったりしてね。
 その中で、「おばちゃん、ゆうなみたいな子どもがいる?」って聞いたから、「おばちゃん、いないんよね」って。「ゆうなちゃんが“うちの子どもだったら、いいな”と思ってたのよね」って言ったらね、「おばちゃん、寂しい?」って。
 「あのね、ゆうなのところに来たら、ゆうなの横に泊まらしてあげるよ」って。「来たらね、泊まらしてあげるよ」って、その言葉を聞いた時に、“あー、私は、この子が寂しいやろうなと思ったけど、この子はおばちゃんのことを寂しいやろうなと思って、一生懸命、つき合っているんだな”って。

 「あっ、新下関駅に着くからね、もうすぐ、お父ちゃんと会えるね。お父ちゃん、迎えに来てくれるかなぁ?」って言ったら、「おばちゃん、うちはね、お父さんいないの」って。
 “私、いけないこと、聞いたのかなぁ”と思ったけどね、それでね、お母さんがこの子にかまってやらない、もうホントに、その家庭を見るように、手に取ってわかったの。
 そして、降りる時にお兄ちゃんがね、カッコつけていたお兄ちゃんがお祖母ちゃんの手を取って、後ろ向きに下がって、面倒をみながら降りる姿を見て、“あー、お父さんがいなくてもね、ホントにいい家庭なんだ”と思って、「ゆうなちゃん、さようなら」って言ってね。
 寂しそうにうつむいて、「おばちゃんと握手」って言ったらね、パッとこう出してね、手を握ったの。そしたら、お母さんがひと言、「奥さん、あの子を相手してくれて、ホントにありがとう」って。
 そう言われた時に、“ああ、私は、なんと、いい時間を過ごせたんだろう”と思ってね。
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