元の会社ですけども、42年間、働いてきました。そして、35年間はずっと、元の社長さんと仕事してきたんですね。
その後で、若奥さんが入社してみえたんですけども、その若奥さんが、私にとっては、もう、ホント、“修行の人”だったんです。
私からすると、意地悪をされているような感じで、座布団をね、敷いていたのを黙って捨てられたりとかして、“えーっ? なんで?”って……。探したらば、ゴミ箱に入っていたんです。
会話も全然、ないし、もう、黙って、仕事をするというような感じで、そして、お昼ご飯も一緒に食べるけども、黙って、食べていたんですね。
我慢できないくらいだったんですけども、いつも、“つどい”の時に、もう、ずっと、愚痴を言ってきました。みんなが「まあ、よく愚痴をこぼすな」って言うぐらいに、愚痴をこぼしてきたんです。
だけども、やっぱり、“つどい”に出ていると、いろんなことに気づかせてもらって……。その中でも、“この若奥さんとは、私は、もし、「友だちになれ」って言っても、絶対、友だちにはならないぞ!”っていうくらいイヤだったんです。
でも、つどいに参加していて、やっぱりね、“どんなイヤな人でも、いいところはあるはずだよね”って思うようになったんですね。
そしたら、よく考えてみたらば、私は元社長の会長の方と仲がいいから、会長の味方にしかならないふうに、相手は、若奥さんの方がですね、受け取っていたんだなって。
一緒に働いていて、やっぱり、イヤなところばっかりしか見ていないから、こころ開かなかったんですけど、いいところがですね、やっぱり、その彼女にはあったんですね。
子育ては、とても丁寧で、仕事も、ものすごく丁寧だったんです。“あー、この人は、本当、仕事には、とても丁寧だなぁ”と思うようになったらば、少しずつ会話をするようになって、自分がやっぱり、変わったからか、相手も少し変わってきたんですね。
そしたらば、今まで、家族のことも全然、話してくれなかったのが、お母さんのこととか、お父さんのこととか、結構、話されるようになって、段々と仲良しになってきました。
去年の6月で、会社が閉じることになったものですから、辞めることになったんですけども、その若奥さんとは仲良しになって、メール交換して、子どもさんの写真を送ってきたりとかするようになって、最後には、みなさんとお別れ会をしたりとかして、仲良しになったんです。
だから、“自分の見方を変えたりとか、自分が変わりさえすれば、相手も変わるんだな”って。在家仏教こころの会の方に、いつも聞いていたのが、自分が実行して、“そうなんだな”っていうことを、本当に、つくづく感じました。
で、今現在、また、新しいところで働いているんですけども、そこが、私にとって、天職みたいで、もう、みなさん、いい方ばかりで、愚痴をこぼさなくていいっていうか……。もう、本当に、フシギなくらい、愚痴をこぼさなくていい。“みなさんがいい”っていう感じで……。
だから、自分が相手をいいふうに見られるようになったというかですね、それを今、つくづく感じて、生活しております。
ありがとうございました。