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母からの電話
宮本久美
今年の3月に乳がんが見つかって、5月に手術をして、最後の抗がん剤治療も終わって、今度は「5年間、お薬を飲む」っていうふうに言われているんですね。
 その中で、実家に、86歳になる母が兄と一緒に住んでいるんですけど、母親に病気のことをずーっと言えなかったんです。なんでかって言うと、母はすーごい心配症なんです。また、耳が遠くなり補聴器をしているんですけど、その調子が悪かったりして、なかなか意思の疎通もできないんです。
 だから、病気が見つかって、手術前の大変な時に、母から「ちょっと、腰が痛い」と連絡がきて、朝、呼び付けられて、実家に行ったりと。そういう事があって、その時も“お母さん、私、それどころじゃないんだよ。自分のことで精一杯なんだよ”って、言いたくても言えなかったんです。

 それで、こないだ、お盆に、一泊二日で実家に行ったんです。その時、一週間後に最後の抗がん剤を控えていて、そろそろ、母に言いたいなっていう気持ちがあったんですけど、1日目は言えませんでした。私は今、ウィッグで髪の毛は無いんですけど、母にみつからないように寝て、朝もみつからないように起きて、そんな感じでやっていたんです。
 だけど、昼過ぎになって、そろそろ帰らなきゃいけないという時に、「お母さん。実は私、5月に乳がんの手術したんだ。九日間、入院して、その後、抗がん剤治療やって、今は髪の毛も無いんだ」って。いきなりで申し訳なかったのかも知れないんですけど、傷あとを見せて、ウィッグもとって、見せたんです。
 母もやっぱり、すごくびっくりしたみたいで……。でも、その時に「私がなれば、よかったのにね」と言ってくれて、ちょうど、一年前に娘が病気した時、私も“自分だったら、よかったのに”と思ったことを思い出して、“あぁ、やっぱり、母親なんだな”って。すごく感激して、“よかった”と思ったんです。

 よかったのは、そこまでなんです。その後、心配してくれているのはわかるんですけど、突然、電話をかけてきて、「あんたの所に犬が居るけど、病気の時は犬とか飼ったらいかんから、その犬をどっかにやれんか?」と言ってきて、「いや、お母さん。いくらなんでも、それは無理だよ」って。
 “犬だって、今、家族みたいになっているのに……”と思っていたら、挙げ句の果てに、「家の敷地に、〇〇の木は植えてないか?」とか、私に対しても「朗らかにね」って。「そういう病気になったら、朗らかに生きないかん。朗らかに、朗らかに」って、母がしつこく言うものだから、私もカチンときちゃって、「お母さんが犬のこととか、私に『朗らかに』って言うのが、一番、苦になるわ」と思わず言っちゃったんです。
 心配してくれているのは、すごく、すごく、わかるんですけど、その方向性が……。もうちょっと、違う方にきてほしいって言うか、私は「頑張れ!」の一言、それだけでいいんです。

 で、さっき、ここで「母親に言われた」っていう話を聞いた時に、“あっ、なんか、そういったことを軽く言える親子関係って、いいな”って、すごく思ったんです。その時に、ふと、“あっ、そうだ。母とそういう軽い感じでの会話とか、冗談を言ったりとか、したことがないな”って。
 イイとかワルイとかじゃなくって、“うちの母って、そういう冗談を言うようなタイプの人間じゃなかったな”と思って、“そうか。私は50年、娘をやってきたのに、そういう母の性格を自分がぜんぜん受け入れてこなかった。気づけていなかった”って。
 でも、まだ100パーセント、スッキリではないんです。だけど、“そういう性格の人が、86歳になった今、カラッと陽気には絶対なんないわ”と思って、母からの電話がなったら、“うわっ、フコウの電話だ”と思っていたんですけど、それを“ああ、母は心配症の人なんだ”って。少しずつ自分で受け入れて、いい関係を築いていきたいなって思いました。
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