< ―1泊行事の一日目― >
野口(弟) 今日は姉が先に来て、さっき、「弟が来てる」って言ったんですけども、この姉はものすごくて、ケンカすると、ほうきの柄で殴られたんですよ。で、昔の小学生ですから、短パンですよね。足のところに、穂の跡がきれーに写るんですよ。そういう姉だったんですけども……。
花輪(姉) 私じゃ、ありません!
野口 間違い、ありません。
で、姉に「マーガレット」とか、「少女まんが、買って来い」って言われたんですよ。そしたら、「ハイ」って言って、書店に行ったら、店員さんにヘンな顔をされるんですよ。それがいまいちね。で、「姉ちゃん、買ってきたよ」って言っても、お駄賃でもくれるかと思ったら、お駄賃もくれないし、逆らえば、叩かれる。そういう「姉弟(きょうだい)」だったんですよ。
今まで、言えなかったんです。でも、「きょうだい」っていう話が出たから、この際だから、“「こういう人なんですよ!」っていうことを言おうかな”と思ったんだけど、これ、内緒の話がよかったね。
< ―1泊行事の二日目― >
花輪 昨日、弟から打ち明けられて、私は“記憶にない”っていうことが事実、あったので、「やってません」って答えましたけれども、いろんな方から「やられた方はしっかり覚えているよ」って言われて、“ああ、そうなのかな”って。
それで一晩、食事をいただいたり、みなさんと話をしながら、よく考えてみた時に、思い出したことがありました。
それは、母親から「お前は自分のやりたいことは、遠回りしてでもやり遂げる。そういう強さがある」って。また、弟と一緒にどこか行動すると、「お兄さんですか?」って、必ず、言われるんですね。十中八九。「お兄さんですか?」って。
“そういうきょうだいだったな”って、振り返った時に、弟のことを全然、意識していなかった自分に今回、気がついて、“昨日、弟が今まで言えなかったことを言ってくれた。ホントのことを言ってくれたんだな”と思った時に、弟でありながら、これから、人として、つき合っていきたいなって……。
来月、父親の一周忌がありますけども、そのことについても、また、私自身がこれからいろんな意味で、弟を頼りにしながら、また、甘えながらかもしれませんけども、弟から、また、“自分の知らない、いろんな自分を聞けるチャンスをもらえたな”と思って。
自分は母親からされた記憶しかなかったものですから……。母親には叩かれました。でも、弟にした記憶がなかったことを弟に言われて、「すいませんでした」。そんな気持ちで、これからは弟にお世話になると思うんですけど、孝儀、よろしくお願いします。今日はありがとうございました。
野口 弟の孝儀です。「姉ちゃん。昨日、ごめんね」。
僕たちは、きょうだい三人いるんですけども、家庭が貧しかったせいで、両親が働いていたんですよ。その中で、姉が一番上で、私が二番目、三番目の弟がいますけども、やっぱり、“姉としての自覚”というか、“きょうだいでも、上がしっかりしなくちゃなんねぇんかな”っていうことで、そういうふうにしてくれたんだと思います。
ただ、僕はあんまり、悪いことをしてないんだけど、ただ、こういうふうに叩く、叩くっていうか、よっぽど、ストレスが溜まっていたのか、わかんないんだけど……。
で、よく、「夫婦」とか、「嫁姑の関係」っていうのはあるんだけど、僕たちは「きょうだいの絆」というか、そういうことを意識したのは、昨日、なんですよ。昨日、姉の顔を見た時に、“きょうだいの縁は、絶対、切れないんだなぁ”って、思うんですよ。
僕のこと、言っていいですか?
僕はあのう……、本当に、親不孝なんです。父が嫌い、母が嫌い、何が嫌いなんか、どうこうっていうのは、ホントに、長い時間をかけないと言えないんだけど……、そういう思いがあるんです。
全部が全部、嫌いっていうんじゃないんだけども、やっぱり、父のなんていうんだろう、生き方が許せない。父はホントにね、遊びもしない、働くだけ、一生懸命、働くだけでしたけども、“僕たちの気持ちをわかってくれない”っていう思いがあったんです。
今でも、僕は正直、父を尊敬できる人とは、まだ、思っていないんです。僕自身が間違っているかと思うんですよ。やっぱり、この信仰をやっていて、「父母を大事にして」とよく言うけど……。
でも、久保克児副会長が言っていた言葉の中で、ある人が「父親を大事にしなさい」って言った時に、「大事にされる親にならなければ、ダメでしょ」っていうことを聞いたんですよ。
「大事にされる親になりなさい」っていうことを聞いた時に、僕は“ああ、そうなんだ”って。うん、そうした時に、少―しだけ、父の気持ちが……、やっぱり、“生まれた環境があったんかな”って思うんですよ。
父は苦労して、苦労して、8人のきょうだいがいて、全部、面倒をみて、そうした時に、じゃあ、自分が親の立場に立った時、そういうような気持ちでやっていたかって……。子どもに教えるっていうか、平常心でこうしなさいと、それだけの余裕がなかったんかなって……、生きるために、そういうのがね、と、わかってきたんですよ。
だから、自分たちがこの教えをさせてもらって、父母のことをそう思っていた自分が情けねえっつうか、“父ちゃん、母ちゃん、ごめんね”って、今、思います。ホントに、自分が生きてきた証が、両親があって、先祖がいてだったなぁって思います。
姉ちゃんが昨日、自分の思いを話したんだけど、僕はそういう思いが腹にあったんだけど、言えなかった。でも、こういった時に、きょうだいで、この場に居られることは、ありがたいかなって。ずーっとね、これからもお願いします。