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共に育つ
木下聡子
 それまでの私は、秘密主義じゃないですけど、自分がぶつかった問題は、自分の中で解決するタイプというか……。仕事でぶつかった課題だったり、仕事で子どもと向き合う中で“うまくいけへんかったなあ”って思うことも、あまり、家ではしゃべらなかったんです。
 でも、やっぱり、学校教員という仕事を自分がさせてもらっている中で、それだけでは、うまくいかないことがたくさんでてきました。

 “自分一人では、うまくいかない”となっていた時に、ちょうど、「サトちゃん、青年部の活動やれへん?」って。ホント、たくさんの人が声をかけてくれて、「やってみようかな」って思い始めて、少しずつやっていったんです。
 その時に、学校であったつらい話だったり、子どもと向き合っていて、“うまくいけへんかったな”っていうことを……。自分が“一生懸命やらなくちゃ”って、子どもに対してもそうだし、自分も“まだ、まだ、足りひんねん、足りひんねん”と思って、毎日、過ごしていることを、会の友達とかに話し始めて、その時に「いや、そんなことないよ」って。
 「十分、頑張ってるやんか。頑張りすぎているぐらいやし、十分、それでいいよ」と言ってもらった時に、目の前にある自分の課題はなにも解決していないんですけど、すごく、ホッとしたんです。
 そこから、いろんなお話を聞かせていただいて、“私もやっぱり、自分がぶつかっている課題をお父さんとお母さんに聞いてもらいたいなぁ”とか、“友達にも聞いてもらいたいなぁ”と思って、話すことがすごく、心地よくなってきたんです。
 そしたら、ふと、自分自身が頑張っているという部分を、子どもたちにすごい押し付けていたというか……。知らない間に、“あなたも頑張りなさい。なんで、頑張らへんねんと思ってたんやなぁ”っていう自分に気づいて……、“あ、違ったなぁ”って。

 そうやって、子どもと向き合っている中で、私もお父さんとぶつかったり、お母さんとぶつかった時に、“こんな自分を見せるのはイヤだな”と思ったけど、お父さんが「そっかぁ」って。「あんたの言いたいことはわかったよ」って、まず、言ってくれて、その時にお母さんは「わからへん」って。
 私が言っている、お母さんに対して伝えたい気持ちが「わからない」って言ったけど、その時にお母さんがひと言、「わからへんけど、一から、私、頑張るわ」と言ってくれて……。
 私の思いをぶつけた時、また、子どもと向き合った時、まっすぐかけた言葉に対して、子どもが「イヤや」って、そっぽ向く時もあるんです。だけど、そっぽを向いていても、“あの子は戻ってくる。大丈夫”って。自分が“大丈夫”と思っているから、子どもが“プイッ”として、こっちを向いていなくても、“あとから帰ってくるなぁ”って、今、「待てる自分」になったっていうのが、すごく嬉しく思っています。
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