すごく寂しかった。「お父さん、お母さん、私ね」と言っても、「忙しいから、またね」って。“なんで、私の話は全然、聞いてくれないんだろう”って。
“もう、私、要らないのかなぁ?”、“私は、この家族じゃないのかなぁ?”、“なにが家族なの?”とずっと思っていて、大きくなっても、その気持ちは残ったままでいたんですね。で、もう、何もしたくないし、お母さんたちとも関わりたくないって。
高校生の頃から、寮のある高校を選んで、家を出て、もうすぐに働いて、一人で暮らして、もう親に迷惑をかけないし、一人で全部、抱え込んで……。殻に閉じこもって、自分の本音なんて、何も言わないで、「どうせ、誰も聞いてくれない」って。
誰も聞いてくれないんだったら、言わない方がラクだし、もう、ニコニコ笑って、へらへらしていた方がよっぽど、ラクだって、ずっと、思っていたんです。
結婚して、子どもが生まれて、2歳の子どもがいるんですけど、子育てを始めた時に、“自分が寂しかったから、子どもには寂しい思いをさせちゃいけない。私みたいな思いはさせたくない”と。もう、常に、くっついて歩いたんです。
彼女の行動範囲を狭めて、狭めて、私の見えるところで、「お母さん、そばにいるからね。寂しくないよ」、「お母さん、何でもするよー」って。寂しい思いをさせたくなかったから、一生懸命、やっていたんです。
“良い母親になろう”って、ずっと、やってきて、そしたら、疲れちゃったんです。もう、なんか、ちょっと、育児ノイローゼみたいな……。でも、誰にも話せないんです。“自分は良い母親だ”というのをつくってきたので、相談もできなくて、一人でおかしくなっていたんです。
そんな時に、在家仏教こころの会に変わって、お母さんがちょこちょこ、電話をかけてくるようになって、「季子、元気なの?」とか、「大丈夫なの?」って、声をかけてくれるようになったんです。
お母さんが歩み寄ってくれるようになって、「お母さんたち、間違っていた。すごく、季子に寂しい思いをさせてきたんだね」って、“私の話を聞こう”と、一生懸命、向かってきてくれるようになったんです。
それで、気持ちがスッとラクになって、“あー、私、やっぱり、お母さんに話を聞いてもらいたかったんだ”、“誰かに頼りたかったんだな”って、実感したんです。
だから、子どものことも、結局、私が一人になりたくなくて、私が寂しい思いをしたくなかったから、子どもにすごく、依存していたんです。
それを気づかせてくれたのは、やっぱり、お母さんが自分に気づいて、私のつらさにも気づいてくれて、受け入れてくれるようになって、私も自分に気づけたんだなぁって。今はすごく、とても、感謝します。
最近、お母さんと話をするのが、楽しいんです! 家に遊びに行くと、コーヒー入れてくれるんです。「最近、どうなの?」って言ってくれるんですよ。もう嬉しくて……。
青年の人たちやみなさんと話すことができるようになって、聞いてもらえて、“私の話をしていいんだ!”、“私のこころの居場所はここなんだ!”って、すごく思えて、今、すごく楽しいんです。
だから、いろいろあって、お父さんとお母さんとは、ケンカも、反発もしてきたけども、やっぱり、導いてもらって、この場所にいれると思えて、“やっと、親離れができて、自立したんだな”って、実感しています。