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「みそ汁は要るんだね」
甲谷俊明
 今日は、父とのことで話させてもらいます。酒癖が悪くって、アル中ですよ、一般に言うね。酒飲んで臭いし、尿は漏らすし、もうホント、その部屋に誰も近づかない……、孤独な親父。僕自身もイヤでしたよね。
 そういう中でずーっと経っていて、「いや、どうも、この辺がわし、おかしいんじゃ」と言って、気がついたのが去年の秋頃。10月頃だったんですけど、全身に湿疹ができていたんですよ。で、医者へ行ったら「肝硬変です」と、「もう、これ、酒を続けたら死にますよ」って言われて……。湿疹が出ているものですから、かゆいんで塗り薬をもらって、自分が、自分しか塗る人がいないんですよ。
 毎日、仕事から帰って、全身ですよ。ホント、股から尻から全部、頭からやっていると30分位かかるんです。それをやっていると、「今日はあーだった、こーだった」、「あーだった、こーだった」って、話ができるわけですよね、仕方なく。そうすっと、親父も裸になってやっているものだから、言うことを聞くんですよ。
 今までは突っ張っていて、「お前がなに、言いよる!」って言っていたのが、「あー、そうかい、そうかい」って、なすがままになっているわけですよ。

 そういう会話の中で、「親父、酒もやめた方がいいみたいやし。で、デイサービスっていうのがあって、そういうところに行ってみないか」って言ったんですよ。そしたら、「なんや、親を、俺を姥捨山へ行かすんか!」みたいなことを言われたけども、「とりあえず、1回でもいいから行ってみてくれ」って。
 で、「もう、お前がそこまで言うんだったら、1回だけ行くか」と言って、やっと、説得して行かせたんですよ。そしたら、向こうの受け入れが良かったみたいで、「どうだった?」なんて言ったら、「んー、まぁな、あんなもんかな」って。素直じゃないですから。
 「じゃあ、どうする? 今度、行くかい?」って言ったら、「もう、どうでもええよ」って言いながら、「今度、行く時には、なにか要るらしいで」とか言い出すんですよ。「ほんなら、それ、用意してやるわ」って、で、「着替えも要るらしいぞ」とか、「いや、じゃあ、ま、なんでもええんじゃけど」って。

 最近、僕、気がついたんですけども、親父の口癖が「どうでもええ」、「なんでもええんじゃ」って、僕は言葉通りに受けていたんですね。今まで。
 食事でも「なんでもええんや」、「みそ汁と梅干しぐらいあったらええんや」って言うから、“なんでもええんか”と思って。でも、こっちも考えて、いろんな物を作ってやったら、「肉が固い」だの言うわけですよ。で、「みそ汁でもええんや」っていうことは、“みそ汁はなきゃいけないということか”と、だんだん気がついてくるんですね。
 それで、やっぱり、毎日、薬を塗っている間に、今までは言葉尻しかとってないですから、「あぁ、どうでもええの、ほいほい」って言っていたのが、“あぁ、そういうことか”って、汲み取れるような自分にちょっと、なってきたんですよね。
 そして、今までは話をすると、昔の愚痴、人の悪口ばっかりですよ。昔を思い起こして言うけど、もう嫌気がさしてくるんですよ。ところがデイサービスへ行き出したら、「今日、こんなことがあった」、「こういことがあってな」って。ホントに、幼稚園の子が親に話しかけるように言ってくるわけですよ。
 すると、やっぱり、こちらも聞きますし、「あぁ、そう」って。「オジイサン連中も、わし以上の者がおったで」という話を聞きながら、「そうかい」、「そうかい」ってやっていると、やっていることが苦痛じゃないですね。

 最初は苦痛でした。“これ、もう、いつまで続くんじゃろうか?”って。“永遠に続くんか”と思っていたんですけども、変わっていく親父を見ていると、“なんとなく、この時間がいい時間かなぁ”という感じに捉えてきたんですねぇ。で、親父も親父で「デイサービスに行ってな、薬も塗ってくれるんじゃけども、やっぱり、お前の塗り方がええわぁ」って言うわけですよ。
 それでお酒もやめて、ちょっとだけね、光が見えてきて……。それで今、ここへ来させてもらって、今日、感じたことは“自分は一生懸命、親父を支えているんだ”と思っていたんですけども、“実は、支えている自分が親父に支えられていたかな”って感じました。
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