No.40

私は主人の尻拭いをする人!?
「イヤだね」から始まった、
私たちの夫婦革命。

埼玉県越谷市 浦谷千代子(63歳)

 バカな夫婦の話をします(笑)。結婚して四十年が経ちますが、よく離婚もせずにここまできたなあって思います。
  ある朝、娘が「お母さーん、免許の書き換え、忘れないでね」って。そうしたら主人がそれに乗っかって、「ちょっとさあ、頼みたいことがあるんだけど」って。なんか変な雰囲気だなあと思って「なあに?」って聞いたら、「オレさあ、免停になっちゃうんだよ、もうじき。悪いんだけどさあ、お母さん、頼むよぉ」って言うんです。
  この軽さは何なんだって思いました。
「仕事できなくなっちゃうだろう? 家にも帰って来られないだろう? お客さんとこも行かれねえんだよ」と。
  私にしてみれば、それが何なの?です。だから「イヤだね」って言ったんです。
  今まで私は主人にそんな言い方をしたことはなかったんですが、主人はそのひと言で怒っちゃって、私が玄関に送りに行こうと思ったらササーッと行ってしまったんです。
  私は玄関にずっと立ったまま、夫婦ってなんだろうって、四十年間やってきたけど、何なんだろうと考えました。で、あの人が「わがまま」だったら、私も「わがまま」にいこうと思ったんです。明日から、「行ってきます」という声が聞こえない限りは、「行ってらっしゃい」と言わない、そう決めたんです。
  次の日、お茶碗を洗っていてフッと振り返ったらもういない。一番下の息子に「あれっ? お父さんは?」って聞いたら、「チョー小さい声で『行ってきます』『行ってきます』って、三回言った」って言うんです。私は聞こえないから、当然見送りに行きません。
  その次の日も、もうちょっと大きい声で「行ってきます」と言ったらしいんですが、私は聞こえなかったんです。だからまた見送りに行きませんでした。
  三日目、今度はいつもの声で、「お母さん、行ってきます」って言いましたから、「はい、わかりました」って玄関に行って、「行ってらっしゃい」をしました。
  どうも、その次の日から免停になったらしくて、主人は六十日間、家には帰って来ませんでした。
  で、ここが私の良くないところなんですけど、どうしてんのかなあ……、かわいそうかなあ……って、自分が自分に負けそうになっちゃうんです。でも “余計なことはしない” と思って、グッと我慢しました。
  それでも、日が経つにつれて、だんだん手紙や銀行等から送られてくる書類がたまっていきます。それで、お店にいる主人に会いに行ったんです。
  私が「こんにちは」って言ってもなかなか出てきませんでした。やっと出てきたと思ったら、なんか怖そうな顔で……(笑)。「お父さん、悪いんだけど、銀行のハンコと保険証を貸してくんない?」って言ったら、主人は “急になんだよ、身辺整理してんのかあ?” っていう感じの顔で私を見ているんです(笑)。
  私が「貸してね」って言うと、主人は「どうしたんだ?」って。仕方がないから、「もう要らない通帳とか邪魔だから整理したいの」って伝えると、「あっ、そっかぁ!」ってホッとしてるんですよ(笑)。
  で、主人が次に何をするかっていったら、「あ~良かった」なんです。「お母さん、花持ってく?」「この植木持ってく?」って。無下に断るのも悪いかなあと思って、「じゃあ、これとこれもらうね」って、もらって帰って来ました。そしてまた三十日間、帰って来ませんでした。
  そうこうしているときに、親戚に不幸があって、どうしても夫婦で行かなきゃならなくなり、二人でお通夜と告別式に行くことになりました。二人っきりなんで、私はここがチャンスだと思い、車の中で「お父さん、六十日間大変だったでしょ?」って言いました。そうしたら、待ってたとばかりに「そりゃあ大変だよ、お前! 風呂も行けねえしよぉ! 着替えもねえしよぉ! 家にも帰れないしお客んとこも行かれねえ!」って、主人はそれこそ息せき切って言うんです。
  私は “はぁ~!?アンタ、自分が悪いんでしょ?” って思っていると、「もう牢獄だったよぉ」って(笑)。
  私は「ああそう。でもね、これ、私のやさしさだよ」って言ったんです。すると主人は無言になっちゃったんです。
「四十年間いろんなことあったよねえ。お父さんは私のこと、どう思ってくれてんの?」って聞きました。そしたら、主人がなんて言ったと思います? 「お前はオレの尻拭いする人だ」って(笑)。
  もうあきれてしまって、 “えー!?私は尻拭いする人!” だったのか! 仰天しました。
  私は、そこで、やっと自分のやってきたことがわかったんです。 “夫婦ってなんだろう?” と思っていた答えが “これかあ!” って、わかったんです。
  私はずっとバカなことをやってきたんだなあって思いました。家族みんながそうなんですけど、主人が怖く、いつもおどおどしていました。私がヘマをすると、そのしっぺ返しがすごいんです。挙げ句の果てに、そのとばっちりが子供にまでいく。それを思うと、いつも自分が自分に負けて、中途半端だったなあということに気がついたんです。そういうときの、そのときのありのままの気持ちを主人に話しました。
  すると主人が、「そうだなあ、オレは勝手モンだなあ。人のことはどうでもいいんだよ。だから、みんな人のせいにするんだ」っていうことをポツポツと話し始めたんです。
「でも、やっぱりオレだよねえ」って、一生懸命に自分に言い聞かせているんです。そして、初めて、私に、「ありがとう」と言ってくれたんです。その「ありがとう」は胡散臭くありませんでした。
  私も「そうだよねえ。今の『ありがとう』はスーッと入った」って言いました。そして、私も主人に「どうもありがとうございました」と言うことができました。
  私の言うことを聞かない主人をなんとか思い通りにしようと思ってあがいている毎日、そんな自分がいました。でも、そうじゃないんだなあって思いました。お互いがホントの意味で、初めて本音で向かい合って話ができたんです、それがすごくうれしかったです。
  今もたまにしか帰って来ませんけど(笑)、でも帰って来たときは、お互いに顔色を見ないで、いろんな話ができるようになりました。
  この教えを通じて、現実をどのようにとらえるかがまず大事、そこからさらに、プラス思考に知恵や工夫を出しながら、家族を含むいろんな人と関わっていくことが大事なんだと、気づかせてもらっています。とってもうれしいです。そのことを一人でも多くの人に伝えていきたいと思っています。

(2008年6月 在家仏教こころの会幹部研修会)

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