No.30

教員生活、38年。
人間を育てる学校という場で、
子供たちから学んだこと。

神奈川県小田原市 牧野勝代(60歳)

  人生の3分の2を教員として、学校で過ごしてきた牧野さん。その中で、 “先生になること” を子供から学び、 “教育とは何か” を子供から教えられ、たくさんの子供との関わりの中で育て育てられてきた。
そして今、初任の先生をサポートしつつ、大好きな子供たちに、一人の人間として、いつでも「好き」と言ってもらえるような自分でありたいと語る。

私の新しい出発

 昨年度末に小学校の教頭を経て定年退職し、今は再任用で初任者研修拠点校指導教員として、学校に通っています。堅苦しい肩書ですが、新採用の教員(初任者)の授業を見たり、先輩教員の授業を一緒に参観したりして、授業の進め方や子供との関わり方を指導する仕事です。
基本的な指導技術を教えることは比較的簡単ですが、言葉で伝えるのが難しいのは子供と先生との人間関係。 “子供と関われて良かった” と感じる前に、うまく関係が築けずに辞めてしまう先生もいるんです。だから、初任の先生が自信を持って取り組んでいけるように、「それで大丈夫だよ!」という声かけが一番大切な役割だと感じています。
もともと私は世話好きで、小学校の頃から「算数がわからない」と言う友達がいると、練習問題を作って教えたりするのが好きな性格。厄介事であろうがもめ事であろうが、何でもいいから人と一緒に何かするのが好きだったんです。そんな性格からか、人と関わる仕事をしたいと小学生の頃から思っていて、卒業文集にも「先生になりたい」と書いてありました。

大人が一人だけ!

“先生” と一括りに言っても、学生の頃は中学校か高校の先生を希望していたんです。私の専門は国語で、中高の先生なら教えながら論文を書いたり、研究したりできるかなって。でも、文学部出身の教員希望者も多く、見事に落ちました。それで、「とりあえず小学校の教員になって、あとで替わってもいいんじゃない?」と言われて、小学校に入ったら、そのまま捕まっちゃったんです(笑)。一日中、子供と一緒にいられる小学校に、子供好きな人はすぐ捕まっちゃうようです。
私が初めて担任したのは2年生でした。初任ということで何から何までわかりませんでした。でも、職員室にいる時は、先輩の先生にその場で聞くことができます。しかし、教室に一歩入れば大人は私一人、相談できる相手はいないんです。その教室で、私が何かをしなくてはいけない。しかも、子供は目をぱっちり開けて私を見ていますから、適当なことを言っても、してもいけない。これが、 “先生になるということなんだ” と責任の重さを感じました。
だから、休み時間になると学年主任の先生の教室に行って、「こういうことがあったんですけど……」と相談し、「大丈夫だよ」と言われてホッとする。もちろん、相手は二年生ですから、強く言えば、その通りに動いてくれます。でも、それが “育つ” ということではないと教えてくれたのが、次の年に担任した五年生の子供たちでした。

私の枠に入らない子供たち

 もともと、私は “子供たちが変われば、社会はいずれ変わる。そして、その子供たちを変えるのは、教師である私” という考えで大学を卒業し、2年目ということもあり、「私が教えてやろう。育ててやろう。これこそが教育!」と子供たちに向かったのです。でも、すぐに大きな壁にぶつかってしまいました。
学級の女子は、大学出たての私を姉のような感覚で受け入れてくれたのですが、男子はことあるごとに逆らうんです。問題のある男子かと言うと決してそうではなく、2年目の私に持たせるくらいですから、掃除もよくやるし、下級生の面倒もよくみる責任感も自主性もある子供たち。その証拠に、他の先生たちから褒められるくらいなのです。
でも、私の “こうあるべき” という枠の中には入ってこない……。私が言ってもやらないのに、他の先生が言うと素直にやる。私が言った時はやらないのに、後で見てみるとちゃんとやってある。毎日、対策を練って子供たちを抑え込もうとしては失敗し、落ち込んで帰る日々。そんなことの繰り返しで、 “なんで逆らうのだろう?” と子供たちに対する “なんで?” がいっぱいに。

「私が教える人、子供は従う人」 からの転換

 でも考えてみれば、教室には子供たちと私しかいません。まして、他の先生には素直な子供たち。私は自分の間違いを認めないわけにはいかなくなりました。そして、 “教師は子供に負けてはいけない” という変な意地を捨てると、今まで見えなかったものが見えてきました。子供たちは自分の意思で動いていて、それこそが育てるべき力だと気がつかされたんです。それから “なんで、逆らうんだろう?” ではなく、子供が私の考えと違う行動をした時には、素直に「どうして?」と聞けるようになったんです。そうすると子供たちも「こうしたいんだ」「ここが違う」と素直に言ってくれる。そこから、「じゃあ、どうすればいいの?」と子供たちと一緒に考えられるようになりました。この子供たちは6年に持ち上がり、卒業を迎え、2年間を通しての関わりになったわけですが、振り返るとたくさんの思い出が残っています。

子供たちとの思い出

 ある日、前の授業につい熱が入って、私が授業をかなり延長させてしまったんです。次は子供たちの大好きな体育で、運動場で待っていても子供たちが出てこない。そこで教室に行ってみると、出入口はぴったり閉まっていて開かないんです。「どういうことなの?」と大きな声で聞くと、天窓から男子の一人が顔を出して、「先生は『時間を守れ』といつも俺たちには言うのに、自分が守ってないじゃないか!」と。話し合いの末、体育の時間を改めて一時間つくる約束で封鎖を解除してもらえました。
またある日は、子供たちの学習意欲の無さに腹を立てた私が、「やる気がないならやらなくていい」と言うと、男子全員が教室を出て運動場へ。その授業は歴史で、私が一方的に説明し子供たちは聞くだけ。私も “子供たちは楽しくないのだろうな” とは感じていたんです。翌々日も歴史の時間になると男子全員がいなくなる。そこで、教材研究をして途中にクイズ形式の質問を取り入れて、授業の工夫をするようにしたら、一週間ほどでやっと戻ってきました。
評価について、考えさせられる子供の言葉もありました。習字の作品に何重丸で評価を表していた私に、「僕は一生懸命書いているのに五重丸(一番良い評価)がもらえないけど、○○君は一生懸命書いてなくても、字が上手だから五重丸がもらえる。でも、それは変じゃないか」と。習字があまり得意な子ではなかったのですが、評価の本質である “結果だけで判断するの?” と質問されているようなものです。日頃から「勉強は結果より、取り組みが大切」と言っていた私は、返す言葉がありませんでした。
今なら、すぐに教育委員会に連絡がいきそうな “事件” の数々ですが、子供たちの言葉はどれも真剣な問題提起で、それ以降の教員生活でも折に触れて思い出す、いわば私の教育指針にもなりました。

学校は人間を育てる場所

 教師といっても、私は完璧な人間ではないんです。だから、勉強は教えられるけれど、あとは子供と一緒に育っていけばいいんだって。学校は、子供と一緒に自分を育てる、人間を育てる場所になっていきました。
振り返ってみると、一年目は自信がないから先輩の先生に相談しながら、子供を指導していたんです。でも、二年目は “もう自分一人で何でも出来る” という思い上がりから、相談することが少なかったんですよね。
その後、子供と一緒に考えられるようになった私ですが、もともとある、相手を自分の思い通りにしたいという性格。気がつくと、また、それが出てしまっている自分がいる。もちろん相手のことを思ってのことなんですが、相手の話を十分聞かないと相手を思っていることにならない。でも、繰り返すうちに、うまくいかなくなった時に、「二年目の時と同じ間違いをしていないかな?」と、自分で軌道修正できるようになってきました。

子供に教えられた “教育とは何か”

 結局、「教育」というのは相手の話をよく聞くことなんです。話をよく聞いていくと途中で、相手が自分の間違いや物事の真理に気づいていくんです。教育には「教える」と「育てる」の二つの要素が必要ですが、先生が強く「やれ!」と言えば、子供はその場ではその通りに動きますが、それは自分の意思で動いているわけではないんです。別に自分の思いがあって嫌だけどやっている場合や、意味も考えずにただ言われたからやっている場合は、教えたことが身に付かないのですから、教育にはならないんです。
いじめの問題でも、「いじめは駄目だ」と教師が一方的に説教しただけでは問題は解決しないんです。「なぜ、いけないのか」を問いかけ、話を十分聞く中で、その行動をとってしまった自分の間違いに気づかせ、どうすれば良かったのか、繰り返さないためにどうしたら良いのかを一緒に考える。そこまでいくのは時間がかかり大変なことですが、丁寧に聞き、一緒に考えることで、子供の心に根付くことが「教育」なのだと思っています。
偉そうに言っていますが、「人の話を聞く」というのはとっても難しいことです。先生という職種は、どうも教えようとする癖があってその癖が付いていると、大人と話していても、つい教えようとしちゃうんです。私もその傾向が強いので、自分の言葉は最小限にしようと心がけるようにしているのですが、やっぱり多くなっちゃいます。だから、少ない言葉で、相手が「なるほど」「そうだな」と思えるような言葉が使えるようになりたいものだと、いつも思っています。

今、学校が抱えるもの

 今、教育現場には多くの課題がありますが、私の悩みは、人は人と関わりあわなければ生きていくことができないのに、人を100パーセント信じることを教えられないことです。多くの事件が起こる中、子供の安全確保は最重要課題として、不審者を見かけたらすぐ知らせるようにと指導もしています。以前いた学校で、登校してきた低学年の子供が、「先生、来る途中で変なオジサンがニタニタ笑って手を振ってた」と言うのです。詳しく話を聞くと、「おじさん、『いってらっしゃい』って言ってた」と。「それは近所の人がニコニコして、いってらっしゃいって挨拶して手を振ってくれたんじゃないかなあ」と聞くと、その子供は「そうかな?」と首を傾げるんです。
ほとんどの大人は、子供のしあわせを願っています。子供にも大人に対する親愛の情を持たせたいと、「声をかけられた時は、挨拶を返そうね」「困っている人がいたら、声をかけようね」と教えたい。人と人との関わりの大切さは、ふれあいの中から子供が自然に感じ取っていくもの。でも、万が一のことを考えると、逆に「優しそうに見える人にも注意するのよ」と人を疑うことを教えなければならないのは、子供にとっても、大人にとっても、不幸なことです。
また、ここ数年、気になっていることは、親離れ子離れができない閉鎖的な親子関係が少しずつ増えてきていることです。 “どうしたらいいのか” という解決の鍵として、私が思っているのは、昔の日本にはどこにでもいた “お節介焼きのおじさん” “お節介焼きのおばさん” の存在です。子供に対して親の気持ちを代弁したり、子供の希望を親に伝えたり、親子の両方に関わる第三者。地域に少なくなってしまった “おじさん” “おばさん” を復活させることが切り札になるのではないかと思っています。
今の日本には団塊世代をはじめ、おじさん、おばさん候補は、子供たち以上にたくさんいるんです。大人一人一人が、近所の子供たち一人一人にとってそんな存在になることは十分実現可能でしょう? また、私が教職を離れても子供たちと関われる、一番確かな方法だと思っています。

38年を振り返ると

 本当に子供たちに育ててもらった38年でした。そして、子供たちの親や祖父母、地域の人たち、また教員の仲間たちと、本当に多くの人たちとの関わりの中で多くのことを学ばせてもらった38年でした。
子供と関わり、話を聞いていくと最後には、自分のものの見方や考え方、生き方が問われてきます。子供を理屈だけで納得させることはなかなか難しいことで、話をしていくうちに教師という立場を離れて、一人の人間として自分を語っているんです。「私だったら、こうする」「私だったら、それは許せない」と自分を語る時が、勝負なんです。子供と私との信頼関係がどこまで築かれてきたかにかかってきます。相手の存在を大事に思っていなければ、その相手の言うことに効力はないんです。だから、子供に自分を語る時は、いつもドキドキします。
これまで教師という仕事を続けてきて、飽きたことがありません。子供に手こずりもするし、いつもジタバタと格闘し、未だに楽しむ余裕もないし、気も抜けない。でも、教師という仕事は子供たちと関われる最高にしあわせな仕事。これからも、一人の人間としていつでも「好き」と言ってもらえるような自分になるための努力をし続けていきたい。

(大きな乗りもの 2008年01月号)

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