No.29

嫌いだった父と二人きりの時間。
ポツリポツリと会話が生まれ、やがて
父の言葉をこころで捉えられるようになった。

岡山県倉敷市 甲谷(かんがい)俊明(49歳)

 アルコール依存症で酒癖の悪かった父。3年前、母親が他界すると、さみしさと孤独を紛らわすかのように、さらに酒に明け暮れた。家族さえ近づけない状態の果て、肝硬変の症状が出た。毎日、薬を塗るのが日課となり、父と2人きりの時間。ポツリポツリと会話する中で、父のこころの闇にふれ、一人の人間の姿を見るようになった。

母親の死が、家族の葛藤の始まり

 10年前に家を新築し、両親と同居しました。妻と2人の息子、そして、両親。私は長く転勤族だったものですから、新しい家で絵に描いたような家庭を夢見ていました。それが、いざ両親と一つ屋根の下に住んでみると、互いの思いが食い違うことも多々ありました。それでも母がうまく間を取り持ってくれて、互いに干渉しないことでうまく生活を送っていました。
その母が3年前、他界。それが、残された家族の葛藤の始まりでした。
母の葬式の時、2人の義姉がポツリと「ああ、これで私たちの親はいなくなった」と言うんです。母は再婚で、義姉は母の連れ子。義姉たちは口々に、子供の頃から父が好きではなかったと言い、「今だから言うけれども……」と、父に対する愚痴を次々と聞かされました。
父は若い頃から酒癖が悪くて、酔うと誰彼構わず大声で罵倒します。父の暴れ方は異常としか言いようがなく、おそらく義姉たちは父に対して恐怖心しか抱いていないと思います。母は父に抵抗せず、見て見ぬ振り。義姉たちは20歳そこそこで結婚し、逃げるように家を後にしました。

父の生い立ち

 私が知る限り、父は戦争孤児らしく、一時期神戸の施設に預けられていたようです。親戚を頼って岡山にやってきて、農家の仕事を手伝いながら小学校に通わせてもらい、青年期までをそこで過ごしました。やがて、母と結婚。当時、母は8歳と9歳の娘を抱えていて、それが義姉たちです。父は、祖母と母、2人の娘と田畑がある甲谷家に婿養子として入ったんですが、父にすれば騙されたという感じだったと思います。「農業で食べていけるから」と言われて婿養子になったのに、実際には農業で食べていけるほどの家ではなく、農業の傍ら、父は材木屋に勤めて一家を支えていくわけです。
私には、父に遊んでもらった記憶がありませんし、運動会など学校行事に来てもらった記憶もありません。不満はありましたが、母は「お父さんはどんなに疲れていても仕事は休まないし、本当に真面目な人だよ」と言うので、ある年齢までは尊敬できる父親でした。でも、短気でわがままで、自分の気にいらないことがあると卓袱台をひっくり返すような激しいところもありました。
やっぱり、問題は酒。若い頃は飲めなかったらしいんですが、仕事の付き合いで飲むようになったようです。また、母の家系は酒呑みが多くて、ずいぶんと発破をかけられていたようです。もともと弱いのに飲むから、酒に飲まれてしまうんです。酒癖の悪い父を人として、親として見ると、「何で?」という思いが高校生の頃からありました。母親は6歳年上の姉さん女房で “こんなところに婿養子に来てくれた” という思いから、父を大事にしていました。母の立場からしたら、父を立てるしかなかったんでしょう。父は家の中ではタテのものをヨコにすることはなくて、母がすべて面倒を見ていました。
人との接し方が下手で、相手の言葉が気にいらなかったり、少しでも疎外感があると、悪口を捲くしたてる父。人に嫌われるようなことをしては、自分に目を向けさせようとする父。自分が一番正しいと思っている父。昔の自慢話ばかりする父。だらしない父。定年退職後、酒を飲んでは一日中、テレビの前で寝てばかりいました。

さみしさや孤独を酒でまぎらす日々

 母は、動こうとしない父を畑仕事に引っ張り出したり、酒も制限していたんですが、母が亡くなってからはまったく歯止めがきかなくなりました。目が覚めると酒(焼酎)を飲み、一升が2日で無くなるんです。酒がないとさみしくて仕方がないんでしょうね。2日に1回、酒屋に行くのが唯一の運動になっていました。また、昔から横着で、清潔な人ではありませんでした。「風呂に入れ」と言っても入らないし、下着も替えない。年中、酒を飲んでいるから正気な時がなくて、部屋は汚い、体は臭い、尿は漏らす。
それを咎めると、父は「お前にわしの気持ちはわからない」と。母が亡くなって、やっと母の存在の大きさに気がついたのでしょう。そう言われると、父から酒を取り上げるのはかわいそうに思えました。
父の部屋は悪臭が漂い、妻や息子たちは近づきませんでした。唯一、妻が作った食事を私が部屋に運ぶくらい。妻は両親と同居してから父の暴言に悩み、父との接触を恐がっていましたし、これ以上いらない苦労はさせたくありません。また、息子たちにとっても、あまりいいお祖父さんとは言えませんでした。今、21歳と20歳ですが、「同じ話ばかり何度も繰り返すので、もう嫌だ」「もう聞きたくない」と受けつけません。父は孫に対しても自分の思いを一方的に話すだけで、人の話が聞けないんです。たまに気が向いた時に小遣いをくれるんですが、孫への愛情ではなく、自分のほうを振り向いてほしい時にやるんです。そんな小遣いをもらっても、息子たちは嬉しくなかったと言います。
さみしくて酒を飲み、嫌われて酒を飲む父。私も父が嫌いで仕方がないけれども、父の生い立ちを考えると、血の繋がりのあるのは私だけ。そこを切ってしまうと人として辛くなりますし、私が背負ったことです。家族に無理はさせられませんでした。

2人きりの時間

「ちょっと見てくれないか。おかしいんだ」
父に言われたのは、去年の10月頃でした。全身に湿疹ができて、ひどい状態でした。病院に連れて行くと、肝硬変という診断。医者から「これ以上、酒を続けていたら死にますよ」と宣告されました。
父は一週間ほど入院して、自宅に戻ってきました。退院する時、看護士さんから「家族の方がやってください」と塗り薬を渡されました。一体、誰がするのかと(笑)。湿疹は頭、顔、股、尻、とにかく全身に広がっていますから、妻にさせるわけにはいきません。毎日、出社前と帰宅後、全身に薬を塗るのが私の役目になりました。
最初の頃は薬を塗るのに一生懸命でした。全身を塗るのに30分くらいかかるんですが、 “塗り残しはないか” “ここはひどいなあ” と湿疹だけを気にしていました。父は「悪いなあ、悪いなあ」と言い、「一日くらい塗らなくても大丈夫だ」と言うので休んだりすると、またひどくなる。この繰り返しで、結局、一日もさぼることはできなくなりました。赤ちゃんがおむつを替えてもらうようなもので、父は抵抗できないんです(笑)。
父と2人きりの時間。そのうち、ポツリホツリと会話が生まれました。「前にこんなことがあったね」なんて話をすると、素直に「そうだったなあ」と返事が返ってくる。こんな穏やかな会話は、本当に初めてのこと。時間をかけて聞いているから、父も落ち着いて話をするんですね。薬を塗りながら、毎日、話をしました。昔から何度も聞いている話も出るんですが、以前のように “また言っているよ。あの時代に生きて、大変な経験をした人は他にたくさんいるよ” とは不思議と思わなくて、 “本当は自慢話をしたいのではなくて、会話がしたいんだ。でも、会話の材料がないから、いつもその材料なんだな” と、私自身が捉えるようになりました。
父の生い立ちにしても、何となく耳では聞いていたけれども、ちゃんと自分のこころが捉えたのは最近のことです。自分も年をとったからなのかもしれません(笑)。子育てや仕事などで忙しい時、私自身も背負っているものがたくさんあって、ゆとりがなかったのかもしれません。
穏やかな時間の中で、父と私の関係は一変しました。そして、昨年12月、父は酒をやめました。

外に目を向け自信をつけた

 今、週2回、父はデイサービスに通っています。人付き合いは苦手だし、知らないところに行くような父ではないから、最初は無理かなと諦めていたんですが、「一回でいいから行ってほしい。嫌だったら止めていいから」と説得すると、「わしは耳が遠いし、人の話が聞けなくて辛いんだが、お前がそこまで言うなら一回だけ」と行ってくれたんです。そうしたら、どことなく楽しそうなんです(笑)。若い介護職の女性が迎えに来てくれて、食事を出してくれて、風呂に入れてくれる。「お前がどうしても行けというから」と言い訳しながら、悪い気がしないようです。
デイサービスに行くと知らない人ばかりなんですが、母のことを覚えている人が声をかけてくれて、すんなりと仲間に入れたようです。子供の目から見ると、お節介ででしゃばりな母という感じでしたが、明るくて、人の面倒見が良くて、未だに影響力があるようです。
父は本当に変わりました。まず、風呂に入ることが気持ちよく感じるようになって、自宅の風呂にも入るようになったし、下着は毎日取り替えるようになりました。デイサービスに行って着替える時、下手なものを着ていたら恥ずかしいと思い始めたんでしょうね。話題も増えて、冗談を言うようになったり、家に戻ってからいろいろな話をしてくれるようになりました。
最近、聞いた話でおかしかったのは、デイサービスで一緒になる80代のじいさんのことです。短気で、思うようにならないとモノをぶつけたり、喧嘩を売ったりするそうです。それを父が見ていて、「わしも若い頃、酒を飲むとそうだった。80過ぎたんだから、そろそろわかってもいいのにな」って(笑)。 “いや、あんたも半年前までそうだったよ” と言いかけるんですが、まさか言えません。「そうだね」って、笑いをこらえながら聞いています(笑)。
父との会話で父と私の関係は良くなったけれども、それだけではここまで変わったとは思えません。デイサービスに行き、知らない人の中に入っていくことで、父は自信をつけたのではないかなと思います。

家族のこころが穏やかになった

 今も一日2回、薬を塗るのが私の日課です。以前は自分の親だからと義務感でやっていましたが、最近は何だか父が愛しいんです。湿疹の状態が改善されるとやり甲斐もあります。デイサービスの日はお願いすることもできますが、部位によって薬の量が違うし、私は素手で塗るせいか、「やっぱり、この先生(私)が一番いいなあ」なんて言うんですよ(笑)。あの鬼のような父でも、可愛い部分を持っているんですね。
私たち家族の生活に大きな変化はありません。今も妻や息子たちは父と積極的な関わりはありませんが、ふつうに声をかけあったり、洗濯物をたたんでくれたり、互いのこころが穏やかになりました。通院にも妻が付き添ってくれますし、私にできないことを頼むと手があいている誰かがやってくれるようになりました。父はこれからだんだん年をとって、体も弱ってきます。以前は “どうしよう” という不安ばかりでしたが、今は家族で助け合えると思えるようになりました。
義姉たちとの関係は以前のままです。「通院の付添いに協力してほしい」と頼みましたが、「自分たちは手を出さない」と断られました。でも、いつか今の父を父親として、受け入れてくれると信じています。
つい最近、うちの社員さんに父のことを話したんです。そうしたら、社員さんが妙に納得するんです。よくよく話してみると、「所長さん、自分たちの意見を頭からダメと受けつけないことが多かったけれども、今はよく聞いてくれるようになった」と、私に言うんです。自分では、ちゃんと相手の話を聞いているつもりだったので、ちょっと心外でした。でも、案外、自分のことって自分ではわからないものです。父と接しながら、私自身も少し変わったようです。

(大きな乗りもの 2007年07月号)

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