【しあわせになる本の紹介】 No.21

夫婦、親子、家族のつながりの中でこそ。
幸せになります、きっと。

静岡県浜松市 寺田裕美(39歳)

我慢強く、よくできた子供

 私は「一生懸命に頑張っている」「間違っていない」と、本当に頑固に生きてきました。3年前、離婚したんですが、そんな私の我の強いところが、原因だったと思います。
環境の中で人の人格は形成されていくんだと思うんですが、私の我の強さも家庭環境と無縁ではないと思います。
私は三重県の神島という小さな島で生まれました。父は漁師、母は父の仕事を手伝って、早朝から夜中まで、とにかくよく働く両親でした。
両親のことを思い出そうとすると、働いている姿しか思い出せません。寡黙で、我慢強くて、絶対に愚痴をこぼさない。子供の頃、家族で遊びに行ったり、一緒に何かをした思い出はないけれども、愛情深く、私たちきょうだいを育ててくれました。
何の不満もないんですが、そういう両親の姿を見て育ったせいか、子供心にも親を困らせてはいけないといつも思っていたんですね。
小学校の低学年の頃から、母に代わって夕飯を作っていましたし、欲しいものがあっても我慢するのは当たり前。大人から見たら、 “よくできた子” だったと思います。
そんな私は、自分の思いを相手に伝えるのがすごく苦手で、自分の中に溜めてしまうんです。
小さい頃から親に甘えず、文句も言わず、しっかりやってきたというのが根底にあるから、言葉で伝える前に「自分は間違っていない」という考えで、何かうまくいかないと、自分は正しくて、悪いのは相手なんだと。離婚も、すべて夫のせいにしていました。

「私さえ我慢すれば」

 19歳の時、職場で夫と知り合って、24歳で結婚しました。夫は独立して成功したいという夢があって、そこに男らしさを感じました。私は父のように強い男性を求めていたんです。
でも、生活していくうちに、だんだん夫という人間を知るわけです。何でも自分の思い通りにしてしまう人で、何か言えば何倍にもなって返ってくるものだから、 “言ってもわかってもらえない” と諦めて暮らしていました。
それでも子供が生まれ、家族4人の平和な生活でした。ところが結婚して5年目、北海道に住んでいた義母と同居に。子育てをめぐって、嫁姑の確執がありました。そのうち、夫の浮気、事業の失敗、借金……。でも、その都度、何も言わず我慢しました。私さえ我慢すれば、すべて丸くおさまると思っていました。
でも、何も解決していないんですね。肝心なところを避けて、フタをして生活していただけ。夫や姑に自分の思いをぶつけることができず、不平不満をいっぱいいっぱい溜め込んでいました。夫に対しては不信感だけが募っていき、夫婦関係も冷えきっていました。まさに仮面夫婦。
そんな様子を敏感に感じとった長男は、精神的に不安定な状態になっていました。

不満が一気に爆発、離婚に

 家庭を守っていくために、我慢をして、もうギリギリの状態だったんです。でも、ある時、ついに爆発してしまいました。
その頃、夫は転職、サイドビジネスで何度も失敗し、借金が増えていきました。経済的に苦しくて、どんなにやり繰りしても生活は厳しくなる一方。「助けてほしい」と言われ、小さい娘と息子を置いて働きにも出ました。それなのに、突然「故郷の北海道に帰りたい」って。
北海道の家に義母の妹が一人で住んでいて、そこに一緒に住めば家賃や光熱費はかからない。そこで、一からスタートしたいって。
長男がこんな状態なのに、どうして北海道なのかと怒りがこみ上げました。私にしたって、北海道に知り合いはいません。義母との確執が続いているのに、そのうえ夫の叔母との同居なんて考えられませんでした。
“この人は逃げるんだ。家族よりも自分のことが大事なんだ” そう思いました。
私、「嫌だ」と拒否しました。そうしたら、「無理なら、離婚しかないな」って。きっと、夫は私をためしたんでしょうね。今まですべて、私が折れることで事がすんできましたから、「離婚」を切り札にしたら、おとなしくついてくるだろうと思ったんだと思います。でも、もう歯止めがききませんでした。「離婚しかない」と言う夫に、「そうしましょう」と言っていました。 “売り言葉” に “買い言葉” のスピード離婚でした。
慰謝料はもらいませんでした。「こんな人からお金をもらいたくない。とにかく早く縁を切りたい。そうしないと幸せにはなれない」。ただもう、この一念でした。自分の命を賭けてでも子供を守り、自分の力で生きていこうと腹を括りました。

厳しい現実、夫を恨む自分

 夫は義母と一緒に北海道に帰り、私は子供2人を引き取って、親子3人の生活。アパート暮らしで、親子3人生きていくには月15万以上は必要でした。
何が一番てっとり早く稼げるかを考えて、訪問販売をすることにしました。歩合制ですから、頑張ったら頑張った分、収入が増えるし、人と関わっていく仕事なので、自分も何か得るものがあるだろうと思いました。
ところが、現実は厳しく、生活は苦しかったですね。子供たちもそれを感じていて、決して無理は言いませんでした。我慢強くて健気で、まるで自分の子供時代を見ているようでした。
私がしっかりしなくてはといつも気持ちを張りつめているんですが、経済的に苦しかったり、体調が悪くなると決まって、夫を責める思いが出てくるんです。離婚してもう関係ないのに、夫を恨む自分がいるんです。 “あの人のせいだ” って、一生、夫を恨んで生きていくのかと思うと、そんな自分が嫌でたまりませんでした。
そんな時に、永田道子さんに出会いました。仕事先のお客さまで、何度か会っているうちに親しく話をするようになりました。それまでも遊びに行ったり、食事をしたりする仲の友人はいましたが、一歩進んで話ができる相手はいなくて、自分から「話をしたい」と思った人は初めて。
気がつくと、毎日のように足が向いていました。永田さんはいつも根気強く、私の思いを引き出してくれて、それに甘えて、話して話して話し尽くしました。
全部吐き出したら、気持ちに余裕が出てきたんですね。永田さんの問いかけに考えるヒントがたくさんあって、今まで気がつかなかったことが見えてきました。「あなたはそう思ったかもしれないけど、旦那さんの気持ちはどうだったの?」。
夫はどうだったのかと聞かれて、返す言葉が見つかりませんでした。こう考えているだろうと最初から決めつけて、本当の思いを聞いていないし、自分の思いも伝えていません。今まで私は人とどう関わってきたのかを振り返りながら、自分が見えてきたんです。

人との関わりの中で気づいたこと

 離婚直後、それまで何も言わなかった父が一人身になった私を案じてこう言いました。
「お前なあ、自分の幸せは自分でしかつかめないんだぞ。待っていても、人が与えてくれるものではないんだ。自分で前に進まないと自分の幸せはないぞ」
口数こそ少ないけれど、私をよく見ていました。
私は、人に幸せにしてもらおうと待っていたんです。結婚したら幸せになれる、正直に真面目に生きていれば幸せになれると、そう思っていました。
でも、待っていても幸せって与えられないものですね。
結局、私は自分の意見がなく、相手に合わせてしまう。 “自分を犠牲にしても相手のために” と言いながら、うまくいかないと簡単に相手のせいにしたり、自分が出した結論は間違っていないと頑固に突っ張ってきました。
でも、肝心なのは、自分がどうしたいのか、そのために自分は何をするべきかだと思います。永田さんを通じて、そのことに気づきました。
気がついたからといって、そうそう違う自分になって生きてはいけません。もし、別の男性と再婚したとしても、きっと同じことを繰り返すと思うんです。今までの夫との暮らしの中に見直さないといけない問題があって、根本のところを解決しない限り、何も始まらないんです。
この思いと訣別するにはどうしたらいいんだろうと、考えあぐねていたら、永田さんに「プライドなんか捨てて、自分の気持ち全部、旦那さんにぶちまけてきなさい」と言われて、それしかないと夫に会いに行きました。
夫に会って、悔しかったこと、恨んだこと、我慢したこと、全部話しました。話をしながら、胸につかえていた思いが、氷が溶けるように消えていき、夫の目をまっすぐ見ることができました。夫はボロボロ泣きながら、「俺が悪かった」と言いました。そして夫もまた、どう生きてきたか、私や子供たちに対する思いを話してくれて、私も素直に聞くことができました。その日、私たちは握手して、笑って別れました。

幸せは自分でつかむもの

 離婚後、半年も経たないうちに突然、夫が私たちの住んでいる近くへ引っ越して来ました。私たちに何かあった時、すぐに助けられるようにと体一つで来たそうです。
実は、夫は母子家庭で育っているんです。女手一つで子供を育てる母親の苦労も、子供の辛さも、誰よりもよく知っています。
そして、夫から「もう一度、家族とやり直したい」と言われました。
このことを一番喜んでいるのは子供たちで、「お父さんと一緒に暮らしたい!」と素直に喜んでいます。
子供のためにもそうしたいし、縁あって一緒になったこの夫としか築いていけないこともあると思いますが、正直、まだ自分の気持ちが追いついていきません。今は別々に暮らし、よく家族4人で食事をしたり、2人で会ってお茶を飲んだりしています。
私はいつも「幸せになりたい」という思いがあって、そう思って離婚したんだけれど、親子3人、心から笑える生活ではなく、私が望んでいる幸せではありませんでした。
私が心から求めている幸せは、家族の中にあるんです。私のいる場所は家族の中。家族の誰かが不安だったり、さびしかったら、私も幸せではないんですね。何でも隠し事なく話ができる家族。ここが一番好きと言える家族。家族がみんな、幸せで、それを見ている周囲の人たちにも安心してもらえるような家族になりたいんです。
目的がはっきりとしましたから、それにはどうしたらいいかです。やはり夫婦がちゃんと向き合って、今までのことにフタをするのではなく、全部出し切って一から始めることですよね。
でも、まだ、できていません(笑)。きっと全部出し切っていないんだと思うんです。心のモヤモヤがなくならないうちは駄目です。
でも、夫がそばに来てから明るくなった子供たちの姿、「幸せは自分でつかむもの」という父の言葉、永田さんの存在は、私に大きな勇気をくれます。
一度壊れた関係を修復するのは本当に大変ですが、今、自分の幸せに向かって歩いている途中。遠回りかもしれませんが、焦らずに一つ一つ問題を解決して、いつか本当の家族になって幸せになりたいと思っています。

(大きな乗りもの 2005年12月号)

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