【しあわせになる本の紹介】 No.18

「保育園は練習するところ」、「れんしゅう?」
“会話”が、親を育てる、子を育てる。

群馬県桐生市 上村桂子(37歳)

圧倒されっぱなしの親子

 捺乃(なつの)が春から通う予定の保育園で行われた育児講座に参加した時のことです。
来園したお母さん方と子供たちは、用意された部屋で先生から折り紙を教えてもらいながら、和やかな時を過ごしていました。どちらかと言うと手先が器用な捺乃も、わからないところは積極的に聞いて、意気揚々と参加していました。
地域交流(保育園児と未就園児との交流)の時間になり、迎えに来てくれた園児に連れられてぞろぞろと遊戯室に入っていくと、待っていた園児たちが私たちを見つけ、一斉に駆け寄ってきました。あっという間に取り囲まれ、私たちはたくさんの質問を一度に浴びました。
私は、園児たちのあまりの元気のよさと、はちきれんばかりの笑顔に圧倒されながらも、とても幸せな気分になりました。
捺乃はというと、両手を握手責めにされ、囲まれた園児から次々に話しかけられてよほどビックリしたのか、目をキョロキョロさせながら引きつり笑いをしていました。
用意された子供用の椅子に座ると、先生のピアノの音に合わせて、園児たちのリズム体操が始まりました。よく磨かれた冷たい床の上で、リズム体操用のパンツに素足で元気よく走り回り、飛び回っている園児たち。その足音が遊戯室中に響き渡りました。
紹介された私たちは圧倒されっぱなしで、1~2歳の子供などは親にしがみついて、中には半べそをかいている子もいました。1歳の倫矢(ともや)も例外ではありませんでした。
でも、その中で捺乃は、圧倒されながらも園児たちの動きをチェックしているように私には見受けられました。
私は、捺乃がこの後どう行動するか、ある程度の予想はついていたのです。

捺乃の性格

 私は、「床が滑るから靴下を脱ぐ?」と聞いてみました。が、捺乃は「イヤ!」と、ソッポを向いて顔をこわばらせました。
一通りのリズム体操が終わったところで、先生方が子供たちに、「一緒にやらない? どう?」と誘ってくれました。隣の席の子は、自分の席に座っている時からピアノに合わせて体を動かし、一緒に体操をしたくてたまらない様子で、お母さんが仲間に入ろうとしている我が子を止めるのに必死になっていたぐらいでしたから、大喜びで飛び出していきました。
ところが、捺乃はまた、「イヤ! しない!」と言って、足を抱え込んでしまったのです。私の予想は見事に当たってしまいました。
すると、私の隣に座っていた先生が話しかけてきました。
「お母さん、この子は何でもできるお子さんなのかな?」
「わかりますか? そうなんです。ほめられて育ってきたからプライドが高いんです。これが今後の彼女の課題の一つなんです」
「わかりますよ、私の親類にもそういう子がいますから。自分の知らないことやできないことを見せつけられちゃうと、プライドがキズついちゃうんだよね。捺ちゃんにとっては、自分と同じくらいの子が簡単にリズム体操をやっているからショックなんだね。ほら、それでも真剣に動きを見ている。こういう子は家に帰って、一人でやってみるのよ」
先生はそう耳元で話してくれました。
「本当にその通りです。いつも帰ってから、水を得た魚のように動き出して挑戦してるんです。先生、よくわかりますねえ」

かたくなに「したくない!」

 私は、捺乃の行動、性格を見事に見抜いた先生にうれしくなりました。
正直なところ、親にしてみればもどかしくて、無理矢理にでも参加させたくなる場面が、今までにも何回もありました。そのたびに、「引っ込み思案の捺ちゃん」と、周囲からは言われてきたものです。
先生は、「経験からわかるの。こういう子は時々いるのよ」と言うと、捺乃に向かって、「みんなと一緒に走ってくるだけでもいいじゃない。捺ちゃん、走ってくれば? よーい、ドン!」と声をかけてくれました。
ところが、それでも「したくない!」と、捺乃はますますかたくなになってしまったのです。園児たちと一緒に動き回っている他の先生方も、捺乃にやさしく声かけして誘ってくれましたが、捺乃の態度に気づくと、私に目配せして、さりげなく放っておいてくれました。
私は、その時、最近心がけていることを捺乃にしてみようと思いました。
それは「会話」です。以前ならば、馬の尻を叩くかのごとく、「ホレやれ!」「ホレ動け!」とやってきた私でした。「子供の気持ち、思いを聞いたほうがいい」と言われれば、「なんでやんないの!!?」と、一応は聞くのですが、それも、?マークよりも!マークのほうがたくさんつくような聞き方でしかありませんでした。やはり責めていたのです。

捺乃との「会話」

 今回は「会話」だ。
「捺ちゃん、どうしてしたくないの?」
私は、捺乃と会話をしようと、そう聞いてみました。すると捺乃は、こう答えたのです。
「捺ちゃん、できない。やったことないから、わかんない」
なるほど……。
以前の聞き方なら、捺乃はこの時点で海の底の貝になっているはず。
同時に、なんて素直なんだろうとも思いました。
私次第だ。
「そっかー。そうだよね。捺ちゃん、リズム体操初めてだもんね」
私が言うと、隣の先生がすかさず「できなくても大丈夫だよ。やってごらん」。すると捺乃は、またまた顔をこわばらせてしまったのでした。これには先生もお手上げらしく、「あらあら」と言いながら、肩をすぼめて園児のほうに視線を移しました。
「あのさぁ、捺ちゃん、この前、パパに捺ちゃんはいいこと言ったよね」
「ナニ?」
「あむちゃんのママのカバンの時のこと……」
私が言い終わらないうちに、
「捺ちゃん、覚えてるよ! 失敗しても、またガンバレばいいんだよね。失敗、いーっぱいするから、できるようになるんだよ」
「そうだよぉー!」
「でもね、捺ちゃん、勇気ないの」
「なんで勇気ないんだろうねぇ」
「できないから……はずかしい……」
大人なら、保育園という場面を考えると、今はできなくたって、ここでやって覚えればいいじゃないか、と容易に思うことができる。でも、保育園が毎日の生活の場である園児はともかく、まだ通園していない捺乃にとっては、ここが発表の場なのかもしれない。私にはそう思えました。

曲とズレながらも踊る姿

「あのねぇ、捺ちゃん、保育園は練習するところなんだよ。ここでたーくさんリズム体操覚えて、おうちに帰ったらパパやおばあちゃんに見せてあげようよ」
「れんしゅう?」 
「そうだよ。保育園は練習するところ。折り紙もそうだし、リズム体操もそう。ちっちゃい子はおしっこするのもおうちと同じ、練習かな」
すると、椅子の上で膝を抱えて横を向いていた捺乃は、「そうなんだぁ」と言うと、園児たちのほうを向き、少しするとスルリと椅子から滑り落ちるように床に座ったのです。
「捺ちゃん、練習してくれば?」
私がそう声かけすると、今度は照れくさそうにニコニコして「いいよぉー」と言いながら、それでもその場で、手足を動かし始めました。
曲が変わり、今度は二人組に。そばにいた園児の一人が捺乃の手を取ると、捺乃は照れながらもその気になり、一生懸命にマネをして踊り始めました。確かに一テンポずつ遅くて、曲には合っていませんでした。けれど、捺乃の顔は生き生きとしていました。
それからは、少しずつズレて踊る捺乃の姿が園児の中にありました。

育てる側の心

 隣にいた先生は、私にこう言いました。
「でも、なんだか安心したよ。捺ちゃんは完璧だくらいのことを聞いていたから」
「とんでもない! 今回のようなこともあるし、他にもまだまだたくさん課題があるんです。なんたって、育ててるのが私ですから」
実は、保育士さんたちの勉強会があり、その時に私と捺乃の話が出たそうなのです。と言うのも、託児室での捺乃の態度が他の子供たちと違うとのこと。よく人の意見や気持ちを聞いていくことができる子供との評判だったのです。だからケンカに発展しないと。
たとえば、2歳の男の子が女の子の頭を木製の茶碗で叩いてしまった時、若い保育士さんは「ダメだよ。叩いたら痛いでしょ」と注意したんだそうですが、捺乃はこう言ったそうです。
「それじゃあわかんないよ。これはね、おままごとで使うんだよ。みんなが楽しく遊べるようにって、先生が保育園から持ってきてくれたんだよ。これで頭叩いちゃったら、どうなっちゃう? 痛いよね。ケガしちゃうよね。そしたら楽しく遊べるかな? 仲良く遊ぼうね」
男の子は無言でうなずいていたとのこと。若い保育士さんは、
「学校で注意の仕方なんて改めて教わらないから、自分から出てくる言葉でしか注意できなかった。捺ちゃんに助けられちゃった」
と言っていました。
他にもいくつか例をあげてくれましたが、周囲の保育士さんたちのリアクションは様々でした。リーダー的な保育士さんは、その保育士自身のリアクションにショックを受けたとのこと。笑ってすませられることではない、小さい時の育ち方の大切さ、育てる側の心がいかに大切かを再確認したとのことでした。
その後、そのリーダー的な保育士さんが、保育士さんたちの勉強会の席で、そのことを発表したのでした。

失敗してもいい

「でもお母さん、さすがだよね。自分の子供の弱点をよくわかってる。わかってるだけじゃなくて、どうしていこうかってものがあるよね。さっきの捺ちゃんへの声かけなんか、なかなか出てこないよ。保育園は練習するところだなんて……。その通りなんだけどね。失敗してもいいんだよ。いっぱい失敗していくからあとで成功するんだよ、か……」
話の最中に地域交流の時間が終わってしまったのですが、片づけをしながら先生が、「捺ちゃんの1年後が楽しみだなあ。保育園に来ると、今までとまた違った経験をするからね」と。
「私もまた成長できますね」
そう言う私の顔を、先生は無言で見ていました。
後日、祖母に「楽しかったぁ」と報告している捺乃がいました。祖母が「ナニが楽しかった?」と聞くと、「イモムシゴロゴロとトンボ」と答えた捺乃。
「リズムやってみてどうだった?」
「やってみてよかった」
「やってみなきゃ、楽しさはわかんなかったよね」
「失敗してもいいんだよ。失敗をいっぱいして、少しずつできるようになるんだよ。でしょ!?」
「そうだー!」
先に言われてしまったのでした。

(大きな乗りもの 2002年5月号)

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